鰯雲その後

一昨年、母と亡くなった祖父母の墓参りに行った時のこと。
母が、墓地から遠くの方を指差して「私が子供のころは、あそこまでうちの田んぼだったんだよ」と言った。そして「こっちも、あっちもね」と言って隣家の土地を指差していた。
まったく初耳だったにも関わらず、そのときは土地を失った経緯について聞いたりもせず「そりゃまた、ずいぶんと落魄したものだな」と思っただけだった。
先日「鰯雲」を観てから気がついたのだ。ひょっとして農地解放だったのではないだろうか?
なぜ、母の言葉に疑問を抱かなかったのかといえば、僕が成長するにつれ、祖父の農地が切れ切れに売り渡されいく過程を知っていたからだ。だから、凋落は既にはるか昔から始まっていたのだと当然のように思っていた。本当のことは分からない。
祖父はいかにも農夫といった寡黙で勤勉な人物だった。岩から削りだしたような容貌で、丸太のような腕をしていた。お酒は好きだったけれど、めったに外では飲まないし、贅沢というものをしない人だった。
それでも、祖父が亡くなったときには、農地も家も訳あってすべて他人のものになってしまった。
どんな気持ちだろう?あれだけ子供や孫たちで賑わった家が、今は他人のものになってしまったなんて。

まぁ、それにしても、惜しむらくは祖父から母に伝わった遺伝的形質が、僕にまで伝わらなかったことだ。太い眉に高い鼻梁、彫りの深い顔立ち。受け継いでいれば、男前だったのになぁ。